「好物を断つ」

矢島満子

 その昔,祖母たちの時代に,不治の病にかかった人が,○○神社の××神に“自分の一番好きな食べ物を今後一切口にしません”と願をかける風習がありました。私の父も 30 代の頃,背中にタチの悪いおできができた時,やはり,願をかけて,おもちを断っていたそうです。この様な子どもの頃のことを私もすっかり忘れてしまっておりましたが・・・。

 十数年前に,脳の病気で倒れてた時,北大病院の先生は即座に手術をすすめられましたが,迷いに迷った私は漢方医を訪ねました。すると,その先生は私の好きな食べ物,毎日のように口にしている食べ物を尋ねられたのです。そして,出来れば,しばらく,卵と牛乳と肉類とコーヒーを断って,果物はできるだけ量をひかえるようにと私のそのときのからだの状態に合わせた食事指導をしてくださったのです。(まるでアレルギー除去食のようですね。)

 元来,食いしん坊の私は,それまでからだの調子もそれほど考えないで飲み食いに明け暮れていましたが,病気がきっかけとなって,からだのことを念頭にいれた食生活にかえていきました。野菜料理,魚料理など今までより,ずっと料理のレパートリーもひろがりました。その後,脳の病気もすすんでいる様子はなく,手術を免れています。こんなことがあって,昔の人の好物を断って願を掛けた風習は理にかなった生活の知恵だったんだなあ,医学も進んでいないし,情報も少ない時代に,親から子へと口伝えながらそんあ風習を生み,身につけていったんだなあと私は「身体」と「食」とのかかわりを深く胸に刻みこめたように思います。

 今の時代,言うまでもなく,グルメ,飽食,手抜きの食生活に子どもたちはどっぷりとつかっています。食べ過ぎて太っては必死にダイエットしている娘さんがいたり,偏った食事を続けた末に病気になっては病院に通ったり,レストランで食事をした後,直ぐに大きな薬の袋をとりだして飲んでいるといった食生活。何のために食べているのかわからなくなっているように思います。

 「食」は自分の好みにによるものならず,からだの調和をとって健康を維持するものなり,昔の人たちの知恵に学んだ食文化を若いお父さん,お母さん,子どもたちに伝えて行きたいものですね。