ゆりかご 園だより

98年4月〜99年3月分

大変な思いを楽しい思いに 
98 年4月
 4月から新しいお子さん21名を迎えて、111名のスタートです。
家から、小さい保育園から大きな保育園に来られて不安がいっぱいの方もおられるでしょう。
「うちの子はずっと泣いているのだろうか?」
「食べているだろうか?」
「けがはしていないか?」と。

 今まで、保育園生活をしてきた子もクラスや部屋や先生も代わってやっぱり大変な思いをしていることでしょう。
大変な思いは子どもも親も先生もみんな同じように味わっています。
二週間もたつとこの大変な思いもだんだん楽しい思いに変わっていくだろうと信じています。

 子どもたちひとりひとりの心の支えは親であり先生です。
親や先生の心の支えは子どもです。
ゆりかご保育園が子どもたちの、親たちの、先生たちの、みんなの心の支えになっていければと願っています。

 心豊かに育ち合う
98 年5月
 今年度も保育目標は“人との関わりの中で心豊かに育ち合おう”に決まりました。

 先日参加したあひる組のクラス別懇談会で、このテーマについて話し合われていました。
保母側として、このテーマを年令にあわせて
「言葉をていねいに受け止め、答えていく中で、友達との関係を広げたい」とあげていましたが、親のほうからは
「子どもの言葉にならない思いも受け止めたい」という発言もあり、このクラスの子どもたちの心の成長を楽しみにしたいと思いました。

 この時期子どもの“おもい”と親や保母の“おもい”がときに大きくずれる場合があります。
大人側が口や手を出しすぎて子どもの“おもい”をつぶしてしまったり、無視してしまうこともあります。
子どもの言動にただ振り回されているだけでなく、子どもの心の成長と気長に付き合っていきたいですね。
子どもを通して、大人も心豊かに育ち合うために。

言葉で気持ちを伝える 
98 年6月
 “言葉とは人とのコミュニケーションの道具である”その言葉で人は心が痛くなったり、ウキウキしたり、暗くなったり、明るくなったりします。

 三才児のAくんがBくんにたたかれたと玄関で泣いています。
Aくんは「Bくん、たたかないでね」と自分からすすんで言えずに泣いているのです。
「たたかないでって言いに行こうか」とさそうと
「ウン」と二階へ。
Bくんに聞こえる声で
「もう、たたかないでね」と言えるのです。
「わかった」とBくん。

 五才児の女の子三人が、一階にきてケンカをしています。
CちゃんはDちゃんをはげしく追いつめ、Eちゃんはそれを見とどけています。あまりのけんまくでやられているので、わたしはのこのこ出て行きました。
やられているDちゃんがかわいそうになったので。するとDちゃんはわたしのほうをキッとにらんで
「園長は関係ない!!わたしたちのケンカなんだから…」と抗議するのです。
やられている子が「このケンカは自分の力で解決したい」と言っているのだと思って、すぐに引き下がりました。

 子どもたちは年令に応じて、言葉で自分の気持ちを伝える力がついているのだなと感心しました。
自分の気持ちをなかなか相手にうまく伝えられない、伝わらない言葉。
心を伝えたり、心を受け取ったりする“言葉”について考え合いたいと思います。

 もったいない
98 年7月
 10日ほど前のお昼時、調理室の前で何やら声が聞こえます。
「ごはん、のこしたらもったいないしょ、お米ひとつぶひとつぶは農家の人が汗をながしてつくってくれたんだから…」の言葉にハッとして事務室から出て声の主を確かめました。りす組のHちゃんでした。
いまどき、小さい子どもにこのように伝わっていることに大きな感動を覚えました。

 その数日後、ある保育園の園長さんから
「うちの一才児のおかあさん、うんちのついた布のパンツの洗い方がわからなくてずっと捨ててたんだって…」の話を聞きました。
「そして、先生どうしたの?」と私たち。
「まずうんちをトイレで流しおとして、石けん水につけておいて…」と教えたんだと40代の男の園長さん。
紙おむつや紙パンツの時代に、綿パンツとは、と感心していたら紙おむつ感覚でぽいぽい捨てていたんですね。

 そして昨日、園内の会合で、夕食のお弁当を食べていたら
「このプラスチック製の容器捨てるといやだね。お弁当も自分の家から器を持っていって、つめてもらえたら…、そんな買い方できるといいね」と理事長の佐々木 洋さん。
「そうですね、今年のバザーからは園内の者は家から食器を持ってきて、試みたんですけど…」面倒だから、便利だからとずいぶん長い間、プラスチック製の容器を使ってきましたが、環境ホルモンの問題が出てきて、やっと目が覚めかけたゆりかご保育園です。

 私自身、ずいぶんもったいないことをさせていて、家では娘に、園では先生に叱られています。

 モノはあふれ、豊かそうに見えるけれど、その分、心は豊かになっているのだろうか?Hちゃんの言葉から考えさせられています。

ホンネのつきあい 
98 年8月
 「あんたなんか大キライ!もうあそんでやんないから・・・」「なんでイバってばかりいるのよ〜!」「イヤダ,ぜったいイヤーだからね」などなど,子どもたちの会話をきいていると,子どもたちは友だちにホンネでぶつかっているなと感じます。そして次の瞬間ケロリとしているのです。

 大人のつき合いではなかなかそうはいきません。一旦,ホンネをぶつけたら最後,気まずい空気が流れます。あ〜,あの一言,いわなければよかったと後悔してもはじまりません。

 先日,はと組Iくんのおかあさんからこんな話をききました。この春卒園したMちゃんが「保育園のときは,友だちにおもいきり言いたいことを言ってけんかもしてきたけれど,楽しかった。いま,まだ本気でぶつかっていけなくて,すっきりしないんだよね」というようなことをおかあさんに語ったそうです。ホンネでぶつかり合えた日のことをなつかしがっているMちゃんの気持ちがこちらにまで伝わってきました。

 私たちは大人になってもどこかで誰かに,ホンネをぶつける相手をさがしているようです。子どもたちのようにケロリとできる関係づくりをもとめています。保育園でそんな相手がみつかるといいですね。

 “あ〜,楽しかった”の運動会に
98 年9月
 お盆明けて,ボツボツみんなが揃ってくると,3階いっぱいになわとびを始める子どもたち。“らっせら〜らっせら〜”とリズムにのってウキウキ身体を動かす子どもたち,気持ちは少しずつ運動会に向かっているようです。

 10 数年前,運動会が近ずくと何となく元気がなくなる子がいました。みんなに見られることにプレッシャーを感じたり,一番病になったりする子が一人二人いたんですね。

 クラスみんなが同じことをしているようで,子どもひとりひとりが自分らしい個性を見せてくれるのです。その精いっぱい出してくれている個の気持ちや力に大きな拍手を送りたいと思います。

 「見られるからちゃんとしなさい」「〜できないと恥ずかしいよ」「できたら〜買ってあげる」といったプレッシャーをかけないで,親子共々,”あ〜,楽しかったね”の運動会にしていきたいですね。

 そして,大きくなって,うんと年を重ねても,身体を動かすことがこんなに気持ちいいね,楽しいねと感じられる身体づくりをめざしたいと思います。

 今日は“ゆりかご”の開園記念日
98 年 10 月 1 日
 30 年前の 9 月,産休あけの赤ちゃん 3 名から始まったゆりかご保育園。25 年前の今日,認可保育園として新しくうまれ変わりました。30 年間のたくさんの親たち,職員たち,地域や職場のみなさんのご協力があって今のゆりかごほいくえんがあります。

 昨日の午後,初期に卒園したMMちゃん(あえば*ちゃん*とは言えないかも)から,「8 ヶ月になる子を預けたいのですが・・・」の電話がありました。昔,この保育園で 5 年間すごした子が,大人になって結婚して,子どもをうんで,今度は親として(あひるのOさん,さくらんぼのHさんも)ゆりかごに戻ってきてもらえることは嬉しい限りです。開園記念日にむけてのお祝いの電話のように思えました。

 これからも“ゆりかご”で過ごす子どもたち,親たち,職員たちが居心地がいいな〜,楽しくってたまらないな〜と思えるような保育園をめざして歩み続けていけたらいいですね。

 伝えたいと感じることから・・・
98 年 11 月
 休日あけ,ぞう組に入っていくと,
「ねえ,きいてきいて・・・」
「あのね,きのうねぇ〜,○○たべても手にブツブツできなかったの〜」と手のひらを見せながら,嬉しそうなHちゃん。そんな嬉しそうなHちゃんに
「よかったね,おめでとう!」

 横にいたSちゃんも
「ねえ〜せんせい,4の日までやすむからね」
「へぇ〜,いいとこへいくのかな?」
「うふふ・・・」とうなずくSちゃん。

 りす組の子どもたちも時々
「せんせい,ちょっと耳かして・・・」と時々呼び止めてくれます。子どもたちは嬉しいと思ったことを誰かに伝えたいと感じているのです。

 去る 29 日,父母の会の方たちのお力で開いた田中孝彦先生を囲んでの学習会で,先生から
「子どもの日々の具体的な姿,様子を親と保育者が伝え合うことから・・・。子どもの言葉にもっと耳を傾けたいですね。・・・」とうかがいました。

 でも,大人側にゆとりがない時は子どもの方に心が向かない。子どもの言葉が耳に入ってこないことがあります。子どもの心の動きや言葉はハッとしてそれに向き合うことのできる大人側のゆとりをどうしたらとりもどせるのでしょうか。

 「ねえ,きいて,きいて,ゆとりがもてない私の気持ちを先ずきいてよ〜。」と大人側の声が出せる場が必要かもしれませんね。子どもの言葉に感じ,それを伝えたいと感じることからはじめてみたいと思います。

*・・・子どもたちに,「明日にでも」と答えることはできない。子どもたちは,「今すぐに」と呼んでいる・・・。*
ガブリエラ・ミストラル(中南米初のノーベル文学賞受賞者)

 学習会の後,まだまだつっこみが足りないと感じておられる方,どうぞ声を上げて下さい。

 豊かさの中で
98 年 12 月
 先週,たんぽぽ組のクラス懇談会に出ました。クリスマスに向けての可愛いリーフ作りから始まって,ほぼ全員にちかいおかあさん(おとうさんも)から日頃の生々しい子育ての様子をうかがえました。

 Rちゃんのおかあさん提案の問題にそっての話し合いの内容は「子育ての知恵袋」と題する一冊の本ができる程,のものと感心しながら聞いていました。

 その中で,小児病棟づとめのKくんのおかあさんから「ベッドで身動きできない程,たくさんのおもちゃに囲まれている子どもがいる。そんなにいっぱいおもちゃがなくても子どもはたった一枚の布だけでもころころとあそべるのにね〜」というような話しも聞けました。

 おたんじょう日が,クリスマスが,お正月が近づくと子どもに何をプレゼントしようかと考えておられる方も多いことでしょう。デパートやスーパーで必要でないものまで,つい手がでて買ってしまう方も多いでしょう。おやつや飲みものがいっぱいありすぎて,大事なからだをつくる食事に気が向かない子ども。おもちゃがいっぱいありすぎて,遊びに夢中になる気持ちを失っている子どもはいませんか?

 今,保育園では,手でつくり出す活動がさかんです。今日,2歳時のあひる組は白玉だんごづくり,3歳児のはと組はトンボづくり,4歳児のりす組はダンボールでかいじゅうづくりを楽しんでいました。

 おかあさん,おとうさん,おじいちゃん,おばあちゃんがつくってくれる(一緒につくる)この世でたったひとつのおやつやおもちゃが,編んでくれる手ぶくろやくつ下が,子どもたちの心を暖かく,豊かにしてくれそうな気がします。

 モノがいっぱいの豊かな時代の中で,子どもたちに与え,伝えたいのは何なのかを一緒に考えたいですね。

あたたかい おくりもの
しんねんあけましておめでとうございます
99 年 1 月
 今朝,保育園にきてみると,毛糸の帽子や手袋の入った小さな箱が届いていました。いつもバザーにご協力くださっている中央区にお住まいのAさんからのプレゼントです。その中にお手紙も入っていました。

 「・・・世の中,本当に腹立たしいことやら,悲しいことも一杯ありますが,またよい若者も育っておりますし,今,保育園にいるようなお子さんたちの活躍する30年後(私は見ることはできませんが)は,また,それなりの世の中になることを期待しております。・・・」と。

 Aさんはこの様な願いをこめて保育園の小さな子どもたちへ一針一針編んでくださっていたのだと思います。

 そして,私も,昨年起きた数々の悲しい出来事(嬉しいこともいっぱいあったのですが)を思い返しながら,子どもによる子どものための「子どもの権利条約」(小学館)の第6条「いのちのこと」の文を繰り返し読みました。声に出して・・・。

1 ぼくらは,生きてていいんだ。
他の人にころされていいはずがない。
苦しんでなきゃいけないとか,痛い思いをしなきゃいけない,
なんとことは,
絶対ない。

2 だから,どんなときも,
ぼくらが元気に生きて育っていけるように,
できることは全部してほしい。」

 子どもたちの声にならない声にも心を傾けて<<できることは全部してほしい>>のおもいに応えていける保育と向き合う一年でありたい。年の始めにそうねんじています。

 大きくなって,保育園が楽しかったなあと思い出せる場に・・・
99 年 2 月
 今朝,23年前に卒園したYYくんからメールが届きました。と,いっても保育園にはパソコンもないし,操作できないので,もっぱらはと組の野田とうちゃんの配達便にたよっているのですが。

「なつかしい〜」のタイトルで,現在東京で働いている29歳のYくんが,日曜日の夜9時すぎにメールを打ってくれている姿を想うと胸が熱くなります。

「北大山で(今はなき低研の山),北大の庭で,3階のホールでコロコロになって遊んだ」ことを思い出してくれています。幼かったYくんにはきっとつらいこともいっぱいあったでしょうに・・・。

 ゆりかご保育園のことを「なつかしい〜」と想いだし,お便りをくれたYくんに会って「ありがとう」を言いたくなりました。

 あと2ヶ月でそう組27名の子どもたちが巣立っていきます。友だちの中でからだとからだで,心と心でつくりだす,すてきな体験をからだのどこかにしみ込ませてこれからの人生を歩み続けてもらえたらな〜と思っています。

 大人がでると、こどもひっこむ
99 年 3 月
 88歳になる私の母は子育て歴65年。私の子育て歴は38年になります。子育て真っ最中ではないので、今頃、冷静に振り返ることができます。そして、おもしろいことに気がつきました。

 私は人前で自分をそのまんま出せる人間だな〜と自分で思っています。小さい頃、母は自分の思いを強く出さないで、子どもを押し出してくれたように思います。

 ところが私の娘が小さい頃、親である私が自分の思いをせかせかと出したがっていました。娘の気持ちを思いやるゆとりを持っていなかったと反省しています。3人の娘たちはこんな親に自分をどう出していいのかとまどっていたことでしょう。そのまんまの自分を出せずに、ひっこめてしまったり、変に力んだり、強がってみたりと。

 今、しきりに言われている「子どもの気持ちに寄りそって・・・」なんてえらそうなことは私にはいえません。しかし、子どもの気持ちに寄りそっていたらな〜と思うことしきりです。

 大人(親、保育者)の思いが強すぎると子どもが大人の気持ちに寄りそってくれる場合があります。バーンと反抗してくれる子はいいのですが。いわゆるおりこうちゃんに育ってしまいます。しかし、このおりこうちゃんも、おりこうちゃんを演じたくない!本当の自分を出したいのだ!と思うときがきっと来るはずです。

 幼児期時代に本当の自分を思いきり出して、大人になった時には、まわりを見ながら自分を出したり、ひっこめたりできるようになってくれたらとゆりかごの子ども一人ひとりと接しながら考えています。